阿蘇の写真はいつだって美しい。 広がる草原、カルデラの稜線、澄み切った空気。
だが、画面の向こうには**「臭い」**までは写らない。 その当たり前の事実を、僕は鼻の奥で思い知ることになった。
ネットの「絶景」には映らない罠
先日、友人と阿蘇へドライブに出た。 ずっと物件情報ばかり見て煮詰まっていたので、頭を冷やすための「遊び」のつもりだった。
阿蘇は相変わらずデカい。 緑の斜面がどこまでも続いている。 「こんな場所で隠れ家を持てたら最高だな」 ハンドルを握りながら、そんな甘い妄想をしていた。
途中、以前から気になっていたエリアで車を止めた。 Googleマップの航空写真では、美しい緑が広がっているだけの場所だ。
ドアを開けて深呼吸しようとした瞬間、言葉を失った。
臭い。 圧倒的な、堆肥(たいひ)の臭いだ。
牧場特有の、あの鼻にツンとくる発酵したアンモニア臭。 思わず顔をしかめた。友人も無言で鼻をつまんでいる。
画面の中では、あれほど静かで美しく見えた場所だ。 だが現地では、風に乗って強烈な現実が吹き付けてくる。 ここは緑地じゃない。「牛の生活圏」だったんだ。
背筋が寒くなった。 もしネットの情報と「雰囲気」だけで、山林を買っていたらどうなっていたか。 焚き火をしてコーヒーを淹れようとした瞬間、この臭いが漂ってきたら全てが台無しだ。
土地探しにおいて、「現地に行かない」は自殺行為に等しい。 画面越しに恋をしていた相手の口臭が、とんでもなくキツイと知ったような気分だった。
540万円の古家が「瞬殺」された話
その日の現実は、臭いだけでは終わらなかった。
実は、本気で狙っていた物件があった。 540万円、364坪、古家付き土地。 場所も悪くない。写真を見る限り、建物の骨組みもしっかりしていて、リノベの余地がありそうだった。
「これを安く買って、自分で直せば面白そうだ」
そう思って、数日ほど迷っていた。 決して安い買い物ではない。慎重にもなる。 もう少し情報を集めてから。週末に現地を見てから。
そう思ってグズグズしていた日曜の午後、不動産屋からメールが来た。
「申し訳ありません。他の方で決まりました」
それだけだった。 タッチの差だったらしい。
ほんの数日の迷いで、物件は消滅した。 サイトの一覧ページからも、最初から存在しなかったかのように消えていた。
この時、痛感した。 「良い中古物件は、ネットに出た瞬間に蒸発する」。
迷っている暇なんてない。
僕は「開拓者」を辞めて「経営者」になる
帰りの車の中で、牛の臭いの余韻を感じながら考えた。 僕はいったい何をやろうとしているのか?
これまでは、DASH村のように「ゼロから山を開拓する」つもりだった。 木を切り、整地し、小屋を建てる。 汗水垂らして作ることこそが、ロマンだと思っていた。
だが、冷静になれ。 僕に建築のスキルはあるか? ない。 農業の知識は? ない。 あるのは**「時間」と「資金(なけなしの)」**だけだ。
その素人が、いきなり「開拓者(プレイヤー)」になろうなんて、傲慢すぎた。
餅は餅屋だ。 野菜は、プロの農家が作った最高に美味いものを買えばいい。 家は、誰かが建てたものを安く買って、直して使えばいい。
僕がやるべき仕事は、現場でクワを振るうことじゃない。 「場所」と「資金」を用意して、最高の時間を編集する「経営者(プロデューサー)」に回ることだ。
ゼロから作ることにこだわって、完成まで3年も5年もかけるなんてバカげている。 「あるものを活かす」。 中古住宅(古家)を買って、リノベで時間をショートカットする。
それが今の自分にとって一番勝算の高い「生存戦略」だ。
まとめ:検索条件を「土地」から「中古住宅」へ
帰宅してすぐ、スマホを取り出した。 いつもの不動産サイトを開く。
検索条件のフィルタ。 これまでチェックを入れていた「土地」「山林」の項目を外す。 代わりに、**「中古住宅」**にチェックを入れる。
これでいい。 ボロくてもいい。屋根と壁があって、電気と水が来ていれば御の字だ。 そこを僕の基地にする。
次に阿蘇へ向かうときは、もうドライブじゃない。 田舎暮らしの下見でもない。
「仕入れ」だ。
僕は開拓者ではなく、事業を作る側に回る。 次は遊びじゃない。ビジネスとして阿蘇に入る。


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