喪失の翌朝
540万円の古家をタッチの差で逃した翌朝。 正直に言えば気分は最悪だった。
頭のどこかでまだ引きずっている。 だが、冷静に考える。 なぜ、あの物件を即決できずに数日も迷ったのか。
理由は単純だ。 ぼくはあれを**「自分が住む家」**として見ていたからだ。
築年数はどうか。 リノベーションの手間はどれくらいか。 家庭菜園のスペースはあるか。
そんな「生活者」の視点で粗探しをしていたから、足が止まったのだ。
もし、あの物件を「事業」として見ていたらどうか。 **「住む場所ではなく、稼ぐ場所」**として見ていたら。
判断は一秒で終わっていたはずだ。 つまり、ぼくの敗因は資金でも情報でもない。 **「視点」**だった。
悔しさを飲み込み、PCの電源を入れる。 後悔しても物件は戻ってこない。 次の一手を打つしかない。
プロデューサー思考の実践
いつもの不動産サイトを開く。 だが、目は昨日までのぼくとは違う。
検索条件の画面を開く。 そして、脳内のフィルターを書き換える。
これまでは「価格の安い順」で並べていた。 とにかく安い物件を、宝探しのように探していた。 しかし、それは「個人の趣味」の発想だ。
ぼくがやるのは事業だ。 条件を変える。 「敷地面積」の広い順に並び替える。
頭の中でもう一度基準を書き直す。
- × 家庭菜園ができるか → 自分が食べる野菜を作る時間などない。野菜はプロから買えばいい。
- ○ 客が金を払いたくなるか → 圧倒的な非日常感があるか。 → 駐車場を確保できるか。 → 焚き火ができる余白があるか。
ぼくはこれまで「自分が耕す畑」を探していた。 だが、今から探すのは違う。 「事業資産」、つまりカネを生む装置だ。
視点を変えた瞬間、画面の中の世界が別物に見え始めた。
三つの選択肢
それまで何度も見ていたはずの一覧に、急に「原石」が浮かび上がってきた。
No.3 高森・498万円(完成品)
敷地67坪。リノベーション済。 写真を見る限り、明日からでも住める状態だ。
土地は狭い。 だが、その代わりに初期コストは低く、修繕の時間もゼロだ。 ミニマムスタートを切るなら、これは賢い選択だ。 「時間を金で買う」、典型的なモデルである。
No.2 南阿蘇・560万円(要塞)
次に出てきたのが、239坪の物件。 数字だけ見ても、すでに別格だ。
広い。ただただ広い。 この敷地なら、駐車場もドッグランも作れる。 焚き火スペースも余裕で確保できる。 もしDASH村をやるなら、ここだろう。
給湯器が壊れているようだが、そんなものは直せばいい。 「広さ」は正義である。 余白は、そのまま収益の可能性になる。
No.1 南阿蘇・800万円(ラスボス)
そして、最後に現れたのがこいつだった。
敷地331坪。 約1,100㎡。 数字を見た瞬間、思考が止まった。
- 築23年の平屋。
- 写真を見る限り、補修はほぼ不要。
- しかも地下水付き。ポンプも稼働中。
価格は800万円。 ぼくの予算上限ギリギリの金額だ。 だが、スペックを並べていくと、答えは一つしかない。
広さ。状態。水源。平坦地。 すべてが揃っている。 これは、いわゆる**「上がり」の物件**だ。
胸の奥がじわっと熱くなった。
もし、540万円の物件を逃していなければ。 あのまま妥協して契約していたら。 この800万円の物件を真剣に検討することはなかっただろう。
そう考えた瞬間、はっきりと思った。
負け惜しみではない。事実、逃してよかったのだ。
あの敗北がなければ、この「ラスボス」には出会えなかった。 負けは勝ちの伏線だった。
動く時が来た
迷いは消えた。 机の上での空論はもう終わりだ。
不動産屋の連絡先を開く。 短く、用件だけを書いたメールを送る。
今回は「見に行く」のではない。 「仕入れ」に行くのだ。
ビジネスとして現地に入る。 玄関で、ワークマンで買ったサファリシューズを履く。 紐を締め直す。
あとは現場で判断するだけだ。 いざ、阿蘇へ。


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