1,000万の宣告と、迷いなしの損切り。800万の大本命を捨て「純度100%の事業」へ

開拓記録

立ちはだかった「二つの壁」

保健所での浄化槽リスク(150万の出費)をあっさり回避したとき、正直、勝ち筋は見えたと思っていた。 あとは修繕費用を正確に算出し、それを大義名分にして値引き交渉(指値)をぶつける。それだけのはずだった。

だが、現実は甘くない。 プロの建築業者と現地を回り、壁の裏、床下、設備の状態を一つずつ洗い出していった結果、出てきた数字は想像をはるかに超えていた。

「最低でも1,000万規模ですね」

業者の言葉は淡々としていたが、内容は重かった。 軒天の腐食、床下の湿気、基礎のダメージ。水回りを新品にする以前に、建物を「生存」させるためのマイナスからの復旧作業だけで、予算の大半が吹き飛ぶ事実。

さらに追い打ちをかけるように、南阿蘇村役場から突きつけられた「空き家バンク特有の制約」が重くのしかかる。 「旅館業をやるなら、住民票は置かせない(定住とはみなさない)」。

物理的なダメージと、役所の制度の壁。この二つが同時に立ちはだかった。

縛りの限界と、事業のミスマッチ

冷静に数字を並べる。 物件価格800万に対して、最低限のリノベーション費用が1,000万。合計1,800万。 ぼくが設定しているプロジェクトの総予算上限(1,500万〜1,600万)を完全にブチ破っている。

ここで無理を通せば、進めないこともない。だが、それは「事業」ではなくただの「賭け」だ。

さらに、制度面も致命的だった。 ぼくが作ろうとしているのは、自分が住むための家ではない。365日フル稼働し、都会のノイズから逃げてきた大人たちを迎え入れる「純度100%の商業施設(シェルター)」だ。 役所の「定住してほしい」という制度設計とは、根本から噛み合っていなかったのだ。

この時点で答えは出ていた。

迷いなしの電話と「戦略的撤退」

不動産は迷うと死ぬ。 これは感覚ではなく、構造の話だ。

時間をかけるほど、感情が乗る。これまで費やした時間やガソリン代(サンクコスト)に引きずられ、判断が鈍る。 だから決めるときは一瞬でいい。

ぼくは不動産屋の担当者に電話をかけた。 「予算オーバーのため、今回は見送ります」 内容はそれだけ。

これまでの内見、調査、役所とのやり取り。間取りへの妄想。そのすべてをリセットした。 普通なら、喪失感があってもおかしくない。 だが、電話を切った直後にあったのは、むしろ逆だった。

軽い。異常なほどに軽い。 首にかかっていた見えない重りが外れた感覚だった。

あの巨大なダメージ物件と、役所のしがらみを抱えたまま進む未来のほうが、よほど重くて息苦しかったのだ。 経営者の仕事は「取りに行くこと」ではない。 「間違いを最速で切ること」だ。

枷(かせ)を捨て、一般市場へフルベット

800万の物件と、空き家バンクという枠組み。 これを手放した瞬間、すべての「縛り」が消えた。

もう、誰かの作った制度に合わせて事業を歪める必要はない。 最初から自分の事業に合う土俵で戦えばいい。

次のターゲットは明確だ。 役所の縛りがない一般市場(アットホームや地元不動産)に転がっている、「500万円以下・50〜60平米の小さなボロ屋」。

箱(建物)は安くて、小さくていい。むしろその方がいい。 その代わり、浮いた資金と手元の現金を合わせた1,100万円を、すべて「中身の機能」にフルスイングする。

水回りは完全新品に交換し、配管も引き直す。空間から視覚的なノイズを徹底的に排除し、一歩中に入れば昨日まで誰も使っていなかったような「圧倒的なクリーン空間」を創り出す。

見た目(外観)ではなく、性能(中身)。 800万+1,000万の歪んだ構成から、500万+1,100万という、意図的で勝算のある配分への組み替え。

この差は大きい。自由度がまるで違う。 ぼくはようやく「自分のルールで戦える場所」に戻ってきた。

身軽になった状態で、もう一度スコープを覗く。 一般市場という荒野は広く、容赦がない。だが、今のぼくには十分だ。 余計な制約がない修羅の国で、必要なものだけを冷徹に積み上げていく。

次は絶対に外さない。

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